2012年06月28日

倒れたとき (2009年12月26日)

倒れる1,2週間前くらいから、頭痛と肩凝りとまぶたのピクピクが止まらなかった。
仕事でトラブって夜中0時過ぎまで仕事して次の日朝7時に会社行って報告書作ったりそれを持ってお客さんのところに謝りに行ったり、そんな中でも年末なのでお酒飲みに行ったり。数年前から中間管理職としてかなりストレスフルな仕事をしてました。 (「倒れた当時の勤務記録」 http://one-hand-engineer.seesaa.net/article/294710247.html 参照)
で2009年12月26日の夕食の後、部屋がぐるぐる回って床に強力な磁石で引き付けられる鉄のような感じで倒れた。体には全く力がはいらないし、ただ床をゴロゴロするしかなく、あきらかに普通じゃないので「救急車を呼んで」と奥さんに頼んだ。
救急車に乗るまでの意識ははっきりあったけど横になったまま体を起こすことはできなかった。 ”キーン”って耳鳴りがしてたかも
青い服を着た救急隊員が家に上がってきたのを見た記憶がある。

救急車の中で吐いた。(ここらへんから意識はない)
最初は救命救急の病院。救急車に乗ってからなかなか病院が決まらずやきもきしたって。
次に記憶が残ってるのは1月末頃。 (1月4日に目は開いたらしいけど本人の記憶はない)(最初に何を見たかの記憶もない。母の声がうるさかったのだけは憶えている)
その頃はこんなにひどい状態とは気づいてなかった。
ストレッチャーで救命救急の病院から回復期リハビリ病院に介護タクシーで運ばれたのは憶えている。
診断は椎骨脳底動脈解離による小脳梗塞。脳幹にも梗塞がみられて、脳圧を下げるため頭蓋骨の一部をはずしたって。(頭蓋骨は今も外れたまま)
瞳孔は散大、意識はなく、気管切開して人工呼吸器で呼吸。 胃ろうで栄養を確保。
「最期の挨拶をしたい親戚がいたら遠くからでも来てもらって下さい」とか「助かっても寝たきりか植物状態の可能性が高い」と医者から言われたそうです。
これが2009年末から2010年1月頃のお話。
でも、医者に「驚異的」と言わしめた回復力で2月初旬に病室から携帯でmixi再開。(1月初旬に目は開いて質問に応答もしてたらしいけど、本人は全く憶えていない)
寝たきりどころか病室で片麻痺のくせに腕立てしてたという(個室だったらベッドを立てかけて懸垂してたかも…)(片麻痺で腕立てや懸垂ができると言ったらベテランの理学療法士が驚いていたので相当珍しいのだと思います ほとんど片腕しか使ってないので)
最初はストレッチャー。唐揚げのフライヤーみたいな機械でお風呂に入れられてた。(”機械浴”と言われてました)
4月までは車椅子か歩行器。
5月に一本杖歩行。
5月末に退院。
リハビリでは杖なし歩行も練習。けど、ロボットのよう。
左半身が正座した後の足のようにしびれて感覚がない。服がこすれただけでびりびりくる。
動くことは動く。
不随意運動もあるので、左半身は全く信用できないけど。
口の中も左側が歯医者で麻酔注射した後のよう。
顔も麻痺してるので口の周りにご飯つぶがついててもわからない。
よく食べ物や飲み物を口からこぼす。
倒れた当時はそんな状態でした。
タグ:脳梗塞
posted by one-hand-engineer at 17:02| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
倒れた時奥さんいてよかったね。
Posted by sunomo at 2015年06月12日 21:01
ほんとに、奥さんがいるときでよかったです。

後で聞いたら、「救急車を呼んで」と言った後で倒れたそうです。
倒れた後は話すこともできなかったよう。
Posted by ka-ta at 2016年01月06日 08:26
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