勤めていた会社で人員削減をやっていて6月あたりに戦力外通告のようなものを受けたわけですが、コンピューターの設計がしたいとか、自分が作ったコンピュータを人が使ってるのを横からこっそり見てニヤニヤしたいとか、自分が使いたいコンピュータを作りたいとか、会社でやりたかったことは大方できたのでやり残したこともあまりなかったのが一番の理由です。(100年たっても動き続ける”おじいさんの時計”のようなコンピューターを作るという夢はかないませんでしたが)
もう会社に残っても楽しい仕事はあまり残っていなそうだったし。
共働きだったので切りつめれば当面はなんとか暮らしていけそうだったし。
イケダハヤトの「あなたが今すぐ会社を辞めるべき、6つのチェックリスト」でチェックしてみると
http://www.ikedahayato.com/20140325/4381289.html
1. しばらく生きていけるだけの貯金がある
まぁ、数年はもつでしょう。
2. 「自分がいなくても会社が回る」ことに気付いてしまっている
倒れて2年近く休職して、倒れた直後数ヶ月はいろいろたいへんだったみたいだけど(ご迷惑おかけしました…)代わりの人がきて何とかなったから自分がいなくても会社は回ることは実感しましたからねぇ…
3. 既に副収入があり、それなりの金額を稼いでいる
これはない。
4. 会社のなかに自分の考え、やりたいことを理解してくれる仲間がいない
いなかったっすね。
たぶん、若い人にはこのままじゃダメだと思ってた人もいたと思うけど、若い人には権限ないからねぇ…
そもそも自分が仲間を集めて何かするタイプじゃなかったし…
5. 「上司や先輩のようにはなりたくない」と感じている
こうなりたいと思えるような人はみんな会社を辞めたり、すっかり仕事の仕方が変わってしまったりしてましたからねぇ…
ロールモデルがいないというのは感じていました。
6. 個人的なゴールと、会社のゴールが乖離している
利益重視よりも人の役に立つような仕事とか人に喜んでもらえる仕事とか創造的な仕事をしたいです。
6個中5個あてはまるので病気じゃなくても辞めどきでしたね。
残業も外出もできないので他の人に比べてかなりハンデがあるのは事実だし、2年近く休職してる間に新しく人がきて私が病気前にやってた仕事を引き継いでたので復帰してからまだ間もない今は余剰人員といえば余剰人員なので戦力外通告を受けても仕方ありませんし。(それなりに利益につながる仕事はできてたと思いますがあまりアピールする気がないのは昔からだし通勤するだけでもかなりしんどかったのも事実ですし)
新卒で入社して人生の半分以上を過ごした会社なのでさびしくはありますが、色々とやらせてもらった(やらされた?)経験を生かして身軽になって新しいことにチャレンジしていきたいと思います。
「病気になった時から覚悟はしていた 生活は切り詰めればなんとかなるから辞めてもいいよ」と言ってくれた奥さんに感謝です。
決める上で後押しになった言葉
「変化を恐れるな」
「変化に対応できない生物は滅びる」
「狭き門から入れ」
「お前が消えて喜ぶ者にお前のオールをまかせるな」
「さよならから始まることもたくさんあるんだよ」
奥さんには”直感的に”と言ってるけど本当は結構理詰めで考えた末の結論です。
リスクが高いギャンブルなのは確かですが…
タイタニックの三等客室でのんびり過ごすのと救命ボートで氷点下の海に漕ぎだすのと最終的なリスクはそんなに変わらないと思うし、自分の裁量で進む方向を決められる方がまだましだと思って。
これからは固定費の高い大きな企業ほど不利で(ワールドワイドで通用するような製品や技術をもってりゃ別だけど)小回りがきく身軽な方が有利だと思うし。
しばらくは奥さんに食わせてもらって仕事を探します。
(月4,5万円の在宅でできる小商いを3,4個作ればいいかなと考えてるのですが、甘いかなぁ…ここ2,3ヶ月考えてたけどあまりいいアイデアは浮かばないんだよなぁ…まぁ走りながら考えるけど…とりあえずこのブログの”アサマ”(あからさまなマーケティング、あるいはアサましいマーケティング)をしてみたけど、所詮他人には単なる”メシウマ”でリアル友達や家族以外はあまり頼りにならなそうですね…(しょせん他人事。冷たいもんです)
身体はどうしようもないほど壊れてるけど思考力とか判断力とかは病気前より上がってると感じることが病気後仕事してて何回かあったんだよね。後で困りそうだから事前に準備しておくかと思ってやっておいたことが役に立ったことが1年間で3回くらいありました。
(”こんなこともあろうかと用意しておいた”ってやつ)
右脳が壊れて左脳の能力が上がったような気もする。マルチタスクできないし処理速度とか記憶力とか正確さは明らかに落ちてるけど。(実際TOEICの点数は1割近く下がったし それでも800点以上あるけど(自慢) 片手片耳で目も見にくい消しゴムも使えない状態で受けたにしては上出来だと思う 正直500点を下回るかと覚悟してたので)
健康なうちにチャレンジしたかった、というのはあるけど病気でもなきゃ会社辞めさせてもらえなかっただろうし、障害者というのはインパクトがあって憶えてもらいやすいし悪いことばかりでもないかなと思うようにしています。
まぁ格好つけて言うならば ”経済的な安定を捨てて自分の人生を自分で決める自由を手に入れた”ということです。
奥さんには苦労かけて本当に申し訳ないけど…
病気じゃなかったらこんなリスクのある決断できないし選択肢が狭くなってかえってよかったのかもしれないとも思うのだけど、さてどうなることやら。
それほど遠くないうちに(3年以内と予測)この判断の是非はわかると思うんだけどね。
配られたカードがブタでもブラフを駆使して勝ち抜けるのが格好いいと思うし
ラベル:リストラ
何とかなります。私も42歳で脳出血発症、
約2間休職後、復職1年と数か月勤めた後、
自主退職、その後自分の資格を活かして自営
で生活を成り立たせています。
厚生年金から障害年金も戴いていますので
贅沢をしなければ、充分にやっていけます。
40代での罹病、人生の先はまだまだ長いので
ゆっくり頑張ってください。